2010年10月03日

52. 新川の地図


より大きな地図で 新川 を表示

明治初期の地図はこちら

WS000000.JPG

新川の両岸、川沿いには人家がズラリと立ち並び、船運を通じて栄えていたことが想像される。
posted by Yogi at 10:10| Comment(0) | 地図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月22日

49.佐倉道(市川〜成田道行徳ルート交差点)の地図


より大きな地図で 佐倉道(市川〜船橋) を表示

今まで、色々な道を走ってきたが、ここが一番面白かった。
佐倉道、現在のR14を走っていると、車も多いので、ついつい、自転車のスピードも上がってしまう。交通上の注意に神経が行き、道沿いにある寺社すら気付かないことがある。まして、道端にある庚申塔など全く気付かない。

R14は何度も何度も走ったことがあったが、だから期待していなかったのだが、事前に地図で史跡の位置を頭に入れ、そこを訪ねる方法にすると、こんなにも歴史が詰まった道だったのかと感動した。

特に、R14の北側、台地になっているところは旧道が残っていて緑も多く静かで古くからの住宅も多く街並みとして非常に素晴らしかった。

黒松通りはそのハイライトだろう。

市川から海神に向かい進むと、以下の移ろいを感じる。

まずは真間周辺の天平時代
次は葛飾八幡宮周辺の平将門
最後は中山法華経寺周辺の日蓮

手児奈伝説をはじめ、国分寺など、天平時代を感じる史跡に続き、天神様が多いと感じるようになる。次いで、日蓮宗の寺が多く感じられるようになっていく。

これも面白かった。

台地を走る旧道、ここを全て舐めてみたい。庚申塔など多く見つかるのではないか。

大野周辺の平将門縁の地も行ってみたい。

日蓮が上陸し奥之院までの道も探ってみたい。

又、日蓮の時代、1200年頃は、この佐倉道が海岸線だったとしている。だとすると成田道行徳ルートなどは海の中。時代によって海進が異なるということなのだが、それも興味深い。

明治初期の地図ではこうなる。

佐倉道(市川〜船橋).JPG

以上
posted by Yogi at 11:49| Comment(0) | 地図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

37.佐倉道 行徳ルートの地図


より大きな地図で 成田道 行徳ルート を表示

明治初期の地図ではこの通り。

佐倉道 行徳ルート.JPG

市川からの佐倉道と、この行徳ルートを接続する道が3本ある。いずれも、行徳へ向かう道と云っても過言ではないだろう。それだけ、行徳が栄えていたといえる。

実際、江戸名所図絵も、船場、ちどり、汐浜、潮竃と4つも描かれている。どれだけ栄えていたか、と、いうことではないだろうか。

それが、今も見られるのは楽しい。

以上
posted by Yogi at 17:24| Comment(0) | 地図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。