2011年02月28日

119. 名所江戸百景50 外桜田弁慶堀糀町

名所江戸百景シリーズの第50弾、今回は、外桜田弁慶堀糀町である。

外桜田弁慶堀糀町.jpg

この絵は、内堀の、桜田御門から半蔵御門に行く間の桜田濠から半蔵御門方向を眺めた絵である。白い塀と赤い門が移っている屋敷は井伊掃部守の上屋敷である。山下町日比谷外さくら田と同じく、堀のブルー、塀の白、門の赤のトリコロール、そして土手の緑が美しい。

桜田御門、井伊、と言えば、桜田門外の変である。この絵が描かれたのは遅くても1858年、桜田門外の変は1860年だから、まだ井伊直弼は暗殺されていない。

桜田門外の変の詳しい説明は他に譲るが、彦根と水戸の和解は1970年だそうだ。事件から110年後である。日本とは、広い国だ。

安政5年(1858年)の地図

外桜田弁慶掘糀町.JPG

桜田御門方向から見ると桜田濠が右に緩やかにカーブしているところに井伊上屋敷が見える。桜田御門へは直ぐ近くである。

現在の地図


より大きな地図で 外桜田弁慶堀糀町 を表示

そこでの写真

IMG_0427.JPG外桜田弁慶堀糀町.jpg

流石に皇居となっているだけあって、殆どそのまま残っている。広重の絵の画面右側、土手が岬状に2つ張り出しているのが見える。今でもそれが残っている。

以上
posted by Yogi at 22:36| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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