2011年02月19日

112. 名所江戸百景43 芝うらの風景

名所江戸百景シリーズの第43弾、今回は、芝うらの風景である。

芝うらの風景.jpg

この絵は、隅田川河口部から浜離宮周辺を俯瞰したものである。

浜離宮は、寛永年間(1624〜1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原だった。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得た。その後、綱重の子供の綱豊(家宣)が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められた。以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成した。

安政5年(1858年)の地図

芝うらの風景.JPG

地図右上、佃島が見えている。佃島から濱御殿方面を見やると、溝武所(武道学校)、松平安芸下屋敷、尾張殿、濱御殿と続く。又、濱御殿の向こうは建物が続いていない。だから、濱御殿を最奥に、これら4つの屋敷の石垣が連なって描かれているのだ。

現在の地図


より大きな地図で 芝うらの風景 を表示

西の黒いラインはかつての海岸線、真ん中に浜離宮、その右の黒い線の囲みは尾張殿と松平安芸の下屋敷推定跡地である。これらの角、角を繋いだ隅田川河口部が広重の推定立ち位置、赤いポイント。

そこ(プルー・ポイント)での写真

cameraroll-1301312819.565482.jpeg芝うらの風景.jpg

真ん中の緑が浜離宮である。尾張殿、松平安芸の下屋敷は築地市場になっている。

以上
posted by Yogi at 13:27| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。