2011年01月29日

91. 名所江戸百景22 大はしあたけの夕立

名所江戸百景シリーズの第二十二弾、今回は、大はしあたけの夕立である。

大はしあたけの夕立.jpg

江戸の時代、隅田川は、江戸に住む人々から、単に大きな川という意味で、『大川』と呼ばれていた。橋も単に『大橋』と呼ばれていたので、大橋と言うとどこの橋を指しているのか分からない。しかし、この絵の場合、『あたけ』が、場所を指定している。

明治13年の地図を見てみる。

大はしあたけの夕立.JPG

真ん中南北を流れるのは隅田川、北に両国橋、南に新大橋が見える。この橋の間、真ん中に安宅濱の文字が見える。だから、大はしあたけの夕立は、新大橋越しに安宅濱を視点に捉えた絵なのである。

現在の地図


より大きな地図で 大はしあたけの夕立 を表示

そう。現在の新大橋は、元の新大橋より上流にあるのだ。元の新大橋の位置はブルーの線で表した。赤のポイントが広重の推定地点、青いポイントが安宅濱、赤いラインが推定視点方向である。

現在の写真

IMG_0312.JPG大はしあたけの夕立.jpg

丁度、屋形船が通ってくれた。

今の新大橋の黄色の支柱の向こうに大きなマンションが2棟見えるが、その辺りが嘗ての安宅濱である。

最後に、安政5年(1858年)の地図

大はしあたけの夕立1858.JPG

安宅濱は御舟蔵だった。広重の絵でも、新大橋の向こうに、微かに、白壁の建物が見える。

以上
posted by Yogi at 22:52| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。