2010年12月31日

73. 名所江戸百景B 深川三十三軒堂

江戸名所百景シリーズの第三弾、第二弾の深川州崎十万坪の近く、深川三十三軒堂である。

深川三十三軒堂.jpg

深川三十三軒堂がどこにあったか、それは非常に分かりやすい。

安政5年(1858年)の地図を見てみよう。

深川三十三軒堂.JPG

富岡八幡宮の直ぐ東側である。

広重の絵では、奥側に川がある。これは川幅からして東側の川であろう。と、いうことは、富岡八幡宮サイドからの俯瞰ということになる。

現在の地図


より大きな地図で 深川三十三軒堂 を表示

1858年の地図と見比べても、とてもよく残っている。

江戸名所図会では、

江戸名所図会_三十三軒堂.gif

と、これは南側からの視点であろう。

京都東山の三十三間堂を模して、寛永19年(1642年)11月、弓師備後が幕府より浅草の土地を拝領し、建立した。将軍徳川家光の命により旗本吉田久馬助重信が射初めを行った。

その後元禄11年(1698年)の火事により焼失、元禄14年(1701年)富岡八幡宮の東側に再建された。しかし、明治5年(1872年)、神仏分離により取り壊された・・・そうです。神仏分離・・・

今現地には、跡碑がある。

写真1: 深川三十三軒堂 跡碑

IMG_0182.JPG

さて、この写真に見える横断歩道は深川八幡橋東だが、その交差点を西に、富岡八幡宮方向に行くと、日本で初めての国産鉄橋である旧弾正橋がある。それも載せておく。

写真2: 旧弾正橋

IMG_0180.JPG

以上
posted by Yogi at 01:25| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。