2010年04月29日

14.岩槻道の地図


より大きな地図で 篠崎街道 を表示

上今井村、現在の西瑞江から河原道渡し場道標の辺りまでは、江戸時代初期に徳川幕府が築いた江戸川の堤、それが篠崎街道となった。河原道渡し場道標から先は、戦国時代に行徳の河原から岩槻に塩を運ぶ為の道、岩槻道である。ばんどう道とも言う。江戸時代は、一里塚から南を河原道と云った。

明治初期の地図を重ねるとこうなる。

WS000001.JPG

少しずらして、河原道渡し場道標、河原村、塩田が全て映るようにした地図はこれ。

WS000003.JPG

道標の少し右下に河原村、更に右下に目を転ずると、水田の先に塩濱や塩田の表記がある。

以上
posted by Yogi at 12:52| Comment(0) | 地図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。