2010年04月17日

9.元佐倉道(五分一〜南小岩)

今回は元佐倉道。

まずは、五分一橋の袂にある光福寺。

写真1: 光福寺

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天分元年(1532年)創建の通称「五分一不動尊」、境内には樹齢300年以上とされる大イチョウがあることから「いちょう寺」とも呼ばれている。

八蔵橋の袂に東小松川香取神社がある。

写真2: 東小松川香取神社

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建治3年(1277年)の勧請で東小松川村鎮守。

八蔵橋を左折し小松川沿いに上がると左手に新小岩香取神社がある。

写真3: 新小岩香取神社

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新小岩香取神社は旧西小松川村の鎮守。昔この辺一帯が芦原で船が自由に往来できた頃、その中に浮かぶ道ヶ島という小高い島に、下総の香取大神宮より経津主命の分霊を祀ったのが、香取神社勧請の由緒といわれる。当時国府台間々の入江から、武蔵国上野の台地に向かう船は、この神社の森を船路の目安としたので、間々井宮と称されている。この社は元和5年(1619年)の棟札を所蔵する古社で、亀井和泉守源永好以来代々亀井家が神宮をつとめ、葛西領開拓神秘歌とその舞いを伝えている。現在の本殿は総欅造りで、氏子大工牧野八郎次が十年の歳月を費やし、天保4年(1833年)に竣工した。境内には松尾芭蕉の「秋に添うて行かばや末は小松川」の句を刻んだ碑が建っている。

香取神社の本社は、御存知香取神宮。天祖神社が伊勢神宮への御厨なら、香取神社は香取神宮への御厨だ。

総合文化センターを過ぎて直ぐ、ミニストップの角に河原道の道標がある。

写真4: 東小松川中道の庚申塔河原道道標

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道標に従い、河原道を行く。中川の手前で、又、河原道の道標があった。

写真5: 東小松川田子沼の庚申唐河原道道標

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河原道とは、市川の河原地区に向かう道である。河原は、行徳街道が江戸川放水路にぶつかる手前の地区。この地区から、八幡宿か妙典を経て成田道に向かうことができる。恐らく、この地域の村人たちが成田山に向かうショートカットコースだったのではないか。

新中川沿いに北上し、鹿本橋を左折、寿昌院に向かう。

写真6: 寿昌院

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ここ寿昌院は、貞享元年(1684年)に寿昌院桂月元皎禅尼が開基した、通称「松本弁天」。本堂前庭の半円形にめぐらされた「洗心池」のほとりにある「臥竜の松」は樹齢270年の名木。

そのまま菅原橋に行き、旧道を進み松本天祖神社に向かう。

写真7: 松本天祖神社

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直ぐ近くの光蔵寺による。

写真8: 光蔵寺

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松本橋で新中川を渡り、東井掘を左折、二枚橋で元佐倉道に復帰。

今回はここまで。


posted by Yogi at 20:12| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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