2011年04月05日

126. 名所江戸百景57 芝愛宕山

名所江戸百景シリーズの第57弾、今回は、芝愛宕山である。

芝愛宕山.jpg

この絵は、愛宕権現の強飯式の模様を描いたものである。愛宕権現から毘沙門天の使いと称する者が、素襖に昆布の兜、擂粉木(すりこぎ)と長太刀に大杓子で、山下の円福寺にいる寺僧に飯を強要するという儀式である。

老人の向こうには江戸湾が見える。手前には武家屋敷、その奥に一際高い三角屋根は、築地本願寺である。

愛宕神社は、慶長8年(1603年)、家康の命により、江戸防火の為に創建された。祭神は火産霊命。その他、出世の階段、井伊直助を討った水戸浪士終結の場所、西郷と勝の階段の場所等で有名だ。

地形図を見ると、愛宕山は、正に、『山』である。東西南北眺望が良かったはずだ。※クリックして拡大して確認、『愛宕山』キャプション有り

芝愛宕山地形図.JPG

安政5年(1858年)の地図

芝愛宕山.JPG

左下に愛宕山、右に築地本願寺が見える。その間は武家屋敷が続く。

現在の地図


より大きな地図で 芝愛宕山 を表示

ブルーポイントが広重推定立ち位置、ブルーラインが推定視線。

そこでの写真

cameraroll-1301995517.708268.jpeg芝愛宕山.jpg

位置的には一致しているはずだが、木が覆い茂っていて何が何だか分からない。

なので、出世の階段(男坂)上からの眺望

cameraroll-1301995524.811080.jpeg

男坂、下から

cameraroll-1301995503.142104.jpeg

上から

cameraroll-1301995520.412428.jpeg

咲き始めた桜

cameraroll-1301995528.081216.jpeg

最後に、他の絵も

まずは広重

江戸名所 芝愛宕山.jpg

江戸名所 芝愛宕山吉例正月三日毘沙門之使

江戸名所 芝愛宕山吉例正月三日毘沙門之使.jpg

芝愛宕山

芝愛宕山.jpg

英泉_東都名所尽 愛宕山遠望図

英泉_東都名所尽 愛宕山遠望図.jpg

歌川国輝二代_東京名所内 芝愛宕山

歌川国輝二代_東京名所内 芝愛宕山.jpgcameraroll-1301995524.811080.jpeg

歌川豊国三代_東都愛宕山の風景

歌川豊国三代_東都愛宕山の風景.jpg

北尾政美_浮絵 東都芝愛宕山之景

北尾政美_浮絵 東都芝愛宕山之景.jpg

以上
posted by Yogi at 21:50| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

125. 名所江戸百景56 愛宕下藪小路

名所江戸百景シリーズの第56弾、今回は、愛宕下藪小路である。

愛宕下藪小路.jpg

雪の白、川水の青、門の赤、竹の緑、トリコロールと緑が非常に美しい絵だ。

この川は桜川、赤い門は愛宕神社の門(あるいは真福寺の山門)、竹は加藤越中守上屋敷の北東の角にある竹やぶの竹である。左の屋敷は土方備中守下屋敷、and/or田村右京大夫屋敷の塀だ。

『藪小路』の『藪』は、この竹藪の『藪』のことで、江戸名所図会にも描かれている名所であった。

藪小路.JPG

安政5年(1858年)の地図

愛宕下藪小路.JPG

画面真ん中やや左下に愛宕山が見える。その前の南北に走る道、その道沿いに流れる川が桜川。桜川を愛宕山から北上すると、加藤越中守上屋敷が確認できる。ここの北東の角から、愛宕山方面を眺めた絵である。

尚、『藪小路』は、地図にキャプションが無いが、加藤家屋敷の北端を東西に走る道のこと。絵の真ん中を走る道ではない。

現在の地図


より大きな地図で 愛宕下藪小路 を表示

ブルーポイントが広重推定立ち位置、ブルーラインは推定視線、黒線が藪小路、赤い囲み西側が加藤家屋敷、東側が土方家・田村家屋敷である。

そこでの写真

cameraroll-1301995530.993131.jpeg愛宕下藪小路.jpg

なんとか、雰囲気は残っているか。。。

以上
posted by Yogi at 19:54| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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