2011年02月26日

116. 名所江戸百景47 湯島天神坂上眺望

名所江戸百景シリーズの第47弾、今回は、湯島天神坂上眺望である。

湯島天神坂上眺望.jpg

女坂を上り切り、後ろを振り返った眺望だ。眼下に、不忍池が雪の中にぽっかり浮かんでいる、何とも美しい光景である。

江戸と言うと関東平野のイメージだが、神田明神曙の景と同様、この絵も山から見下ろしている。

地形図

湯島天神坂上眺望 地形図.JPG

真ん中やや下に不忍池を配置した。その左下に『17』の文字が見えるがその辺りが湯島天神である。本郷台地の東の端にあるのだ。因みに、その南を東西に流れている、本郷台地を削り取って流れているのが神田川である。

しかし、不忍池から北に行く低地は完全に川跡だ。不忍池は河口部、そこから先は海であったのだろう。日本武尊伝説が残るのも頷ける。

さて、江戸三大天神は、名所江戸百景でも描かれている亀戸天神、八王子の谷保天神、そしてこの湯島天神と言いたいところだが、湯島天神は外れている。先回の五條天神がもう一つである・・・と、思ったら五條の代わりに湯島という説もあるようだ。

湯島天神は 雄略天皇2年(458年)一月 勅命により創建と伝えられていると言うから相当に古い。天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、正平10年(1355年)二月に菅公をあわせて奉祀している。

安政5年(1858年)の地図

湯島天神坂上眺望.JPG

真ん中に湯島天神を配置した。下谷広小路から西へ真っ直ぐ行くとそのまま男坂に当たる。北には女坂。ここを上り振り返ると不忍池。

現在の地図


より大きな地図で 湯島天神坂上眺望 を表示

ブルー・ポイントが湯島天神、赤ポイントが広重の推定立ち位置、赤ラインが推定視線向きである。

そこでの写真

IMG_0417.JPG湯島天神坂上眺望.jpg

マンションが邪魔だ。

最後に、江戸名所図会

湯島天満宮.gif

以上
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2011年02月24日

115. 名所江戸百景46 上野山した

名所江戸百景シリーズの第46弾、今回は、上野山したである。

上野山した.jpg

この絵は、上野寛永寺の門前にある、紫蘇飯屋の伊勢屋を中心に、五條天神、上野寛永寺の石垣、上野寛永寺に花見に出掛ける傘を差した御一行等、上野寛永寺の門前町の賑わいを描いたものである。

伊勢屋の中を覗くと、大きな平目がぶら下がっていたり、赤い身は鮭だろうか。二階には女性も見えて、大層賑やかな雰囲気が出ている。

五條天神は、景行天皇の時代(71年8月24日 - 130年12月24日)に日本武尊が東征の折に上野忍が岡を通った時、薬祖神二柱に御加護を受けたことを謝して、此の地に両神を祀ったことを縁起としている。御祭神は、大己貴命と少彦名命で、配祀として菅原道眞を祀っている。

だから、とてもとても古いわけだが、ここも日本武尊縁の地であったか。ここの近所で言えば、鳥越神社、大鳥神社、根津神社もそうである。名所江戸百景で言えば、吾嬬神社もそうだ。

東京都内の日本武尊縁の神社


より大きな地図で 大鳥神社、大鷲神社、鷲神社、草薙神社 を表示

こうやって俯瞰で見ると、大体東西に並んでいる。日本武尊伝説は色々とあるが、ここ関東だと、走水から房総に渡った際の弟橘姫入水の伝説、姫の着物の一部が漂着したという伝説だ。だからこの東西ラインはかつての海岸線の跡と重なるのではないか。

話がだいぶそれたが、上野山したの安政5年(1858年)の地図

上野山した.JPG

真ん中の『天神』が、五條天神である。『仁王門前丁』に、伊勢屋があったと思われる。仁王門前丁の脇を流れる川は忍川、架かる橋は真ん中が将軍が通る橋という『三橋』、今はもうない。

又、『火除地』の文字が見えるが、実は上野山したとはそこのことで、今で言うと丸井の前。だから広重が描いた五條天神の辺りは、上野山したと下谷広小路の間である。

現在の地図


より大きな地図で 上野山した を表示

『下谷広小路』の記事でも言ったが、この上野辺りは、本当によく当時の区画が残っている。
ブルー・ポイントが五條天神推定跡地、赤ポイントが広重の推定立ち位置、赤ラインは推定視線向きである。黒ライン囲みは上野寛永寺石垣推定跡地である。

そこでの写真

IMG_0413.JPG上野山した.jpg

現在の写真の白い建物は交番だが、そこが石垣の始まり部分である。雰囲気は出てるか。

最後に、江戸名所図会 東叡山黒門前 忍川 三橋

東叡山黒門前 忍川 三橋.jpg

山下

山下.gif

以上
posted by Yogi at 08:28| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

114. 名所江戸百景45 金杉橋芝浦

名所江戸百景シリーズの第45弾、今回は、金杉橋芝浦である。

金杉橋芝浦.jpg

この絵は、東海道に架かる金杉橋の上、南詰の辺りから、北東方面、河口、江戸湾を眺めた絵であり、遠くには築地本願寺も見えている。

安政5年(1858年)の地図

芝神明増上寺.JPG

地図南に東西に流れる川、東海道の、金杉一丁メと書かれたところのすぐ北にあるのが金杉橋だ。
河口方面を見ると丹羽左京の下屋敷があるが、広重の絵を見ると、それらしきものは描かれていない。又、紀伊殿と書かれている下屋敷は、今は芝離宮である。

現在の地図


より大きな地図で 金杉橋芝浦 を表示

赤いポイントが広重の推定立ち位置、赤いラインは推定視線向き。

そこでの写真

IMG_0398.JPG金杉橋芝浦.jpg

全く面影無し。それにしても、ことごとく川の上に高速道路が作られているが、美しくないな。

以上
posted by Yogi at 15:32| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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