2011年01月21日

88. 名所江戸百景R 大てんま町木綿店

名所江戸百景シリーズの第十九弾、今回は、大てんま町木綿店である。

大てんま町木綿店.jpg

大丸屋を過ぎそのまま日光道中を行くとここに至る。

日本橋を五街道の起点と定め、街道と共に誕生したのが、宿場、伝馬、助郷など。慶長11年(1606年)、隅田川河口の浜町一帯の埋立地が完成して後、江戸城拡張に伴って、江戸城前から現在地に伝馬役が移された。だから大伝馬町、小伝馬町なのである。

伝馬役の任にあたったのが馬込勘解由ら。馬込氏は当時、江戸城近く現在の千代田区にあった宝田村に住んでいたが、恵比寿宝田神社と一緒に大伝馬町に移転。馬込氏は三河(愛知県)の出身で、特産の三河木綿の売買に力を入れ木綿問屋を開き、これが後に、大伝馬町の木綿店と呼ばれる木綿問屋街へと発展していった。

安政5年(1858年)の地図

大てんま町木綿店.JPG

キャプションは無いが、ちょうど真ん中の、日光道中の『大傳馬丁一』と『小船町一』の間の堀留町の区画が該当する。

現在の地図で示す。


より大きな地図で 無題 を表示

ブルーで囲った所が木綿問屋と思われる。ポイントは、左から田畑屋、大和屋、丹波屋。囲いの北側のポイントは、左から小津屋、江戸屋、川喜田屋。ちょっと外れた東側のポイントは、現在の江戸屋である。

大丸屋から進んで最初が現在の江戸屋、創業享保3年(1718年)

IMG_0228.JPG

木綿問屋が右に描かれているから広重推定視点は赤いポイント。方向は赤いライン。

広重推定視点から撮った1枚

IMG_0256.JPG大てんま町木綿店.jpg

そして、小津屋はなんと今も同じ位置にある。

IMG_0255.JPG

大伝馬町木綿店は、江戸名所図会にも描かれている。

江戸名所図会 大伝馬町木綿問屋

大伝馬町木綿問屋.jpg

広重は東都名所でも描いている。

東都大伝馬街繁栄の図.jpg

以上
posted by Yogi at 00:19| Comment(0) | 名所江戸百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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