2010年10月09日

53. 境川(古川〜旧道〜水神宮)

境川を行く。

まず古地図を見て欲しい。

境川.JPG

画面下の青い線が古川、古川から北に真っ直ぐ伸びている道が見えるだろうか。それをなぞろうと黒い線を引いているが、この古地図は最大10mくらいの誤差があるので左にずれている。だから逆に古地図上の道が見え易くなっているのだが、この道は旧道だ。この道を進むと境川の繁華街に繋がっている。恐らくは、この道は古川と境川の繁華街を繋ぐ道だったのであろう。

古川は紹介済みなので、この道を行き、境川を紹介することにする。

西光寺、宇田川家の脇の道を北へ。暫く行き、環七も過ぎ、元行徳道の手前に白髭神社がある。

写真1: 白髭神社

IMG_0325.JPG

ローカル過ぎてこの神社そのものの情報は見つからず。白髭神社は、『2. 西井堀』でも紹介したが、朝鮮半島から日本に渡来した人々と深い関わりがあるという。

更に進むと、妙音寺がある。

写真2: 妙音寺

妙音寺.JPG

真言宗豊山派で医王山不動院と号す。建久元年(1190年)秀栄上人の開山といわれ、のち秀誉上人(天正3年1575年8月寂)や、大空法印(安永9年1780年2月寂)がそれぞれ中興した。本尊は木造十一面観音立像で桃山時代の作、そのほか、春日仏師作といわれる薬師如来がまつられている。

この妙音寺は江戸名所図会にも描かれている。

江戸名所図会_東一之江_妙音寺.jpg

先に進む。右手に薬王寺がある。

写真3: 薬王寺

薬王寺.JPG

写真4: 薬王寺石仏群

薬王寺石仏群.JPG

石仏群は原形が分からなくなっている、相当古いものか。味がある。

更に進むと境川の木香橋に出る。橋を渡った先は、一之江抹香亭。

写真5: 一之江抹香亭

この公園は旧一之江村の旧家であった抹香屋田澤家の敷地を一之江境川親水公園に付随した憩いの庭園風に整備したもの。公園内には植栽が整備され、前庭、芝生広場には、月替わりで江戸園芸植物が展示されている。抹香屋田澤家は旧東一之江村の旧家、抹香屋の屋号の通り、江戸時代から抹香作りをしていた。一之江抹香亭の庭には樹齢750年以上のタブノキがあり、その葉を乾燥させて石臼で挽き抹香に加えたと伝えられている。前庭には当時使われていたと言われる石臼が埋められている。

その、タブの木。後光が差して良い写真が撮れた。

写真6: 一之江抹香亭タブの木

一之江抹香亭タブの木.JPG

一之江抹香亭の直ぐ右に、水神宮がある。

写真7: 水神宮

抹香橋脇水神宮.JPG

境川は、この右手、環七を過ぎ、新中川も過ぎ流れるが、ここで折り返すこととし、記事はここまで。
posted by Yogi at 10:19| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月03日

52. 新川の地図


より大きな地図で 新川 を表示

明治初期の地図はこちら

WS000000.JPG

新川の両岸、川沿いには人家がズラリと立ち並び、船運を通じて栄えていたことが想像される。
posted by Yogi at 10:10| Comment(0) | 地図 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

51. 新川(あけぼの湯〜

前回の続き。

新川に戻り西へ。船堀街道の宇喜田橋を過ぎ少し行くと左岸に、正18年(1590年)に船問屋として発し、安永2年(1773年)に銭湯として創業のあけぼの湯がある。15. 行徳塩の道(新川〜中川口)(http://yogimessage.seesaa.net/article/149409554.html)で紹介済みの為、割愛する。

新川からのアプローチだと、そのあけぼの湯の手前に鳥居があり、祠が三基祀られている。扉を開けていないので何の神様か解からないが、恐らく一つは水神様であろう。

写真1: あけぼの湯手前水神様

水神(乙女湯奥).JPG

新川に戻り西へ。新渡橋を渡り直ぐ、右岸に又水神様。

写真2: 新渡橋脇水神様

水神(新渡橋脇).JPG

その正面に、絹川屋という屋号の燃料屋さんがある。

写真3: 絹川屋

絹川屋.JPG

インターネットで調べても何も出てこないが、多分、多分ですが、新川を行く船から燃料を仕入れ、陸路で各地に卸していた歴史あるお店なのではないかと思います。

絹川屋の脇の細い道を行くと、八幡神社がある。

写真4: 八幡神社

八幡神社(陣屋橋脇).JPG

15. 行徳塩の道(新川〜中川口)(http://yogimessage.seesaa.net/article/149409554.html)で詳しく紹介しているが、国府台合戦の後、この地に残った北条軍により、元亀4年(1573年)に建立された。

新川に戻り、三角橋に行き着いたら左に行くと、堀口養魚場がある。

写真5: 堀口養魚場

堀口養魚場.JPG

江戸川区の金魚養殖は明治時代に始まったという。この堀口養魚場もその頃に始まった歴史ある養魚場と思われる。江戸川名物の一つと言えば琉金、琉金と言えば堀口琉金と言われている、有名な金魚屋さんらしい。NHK朝の連続ドラマ小説「さくら」の舞台の一つにもなったとのこと。

再び新川に戻り、新川橋の手前右岸に、実は新川は100回以上訪れていたのに最近まで全く気付かなかった八幡宮がある。

写真6: 八幡宮(新川橋手前)

八幡宮.JPG

ここは新川橋の手前なので、秀吉の開削前から新川として存在していた所。で、八幡宮ということは、恐らく、国府台合戦の前後に建てられたのだと思う。

新川に戻り、秀吉開削の新川をひたすら西へ行くと江戸川と合流する。新川はこれでお終い。
posted by Yogi at 09:57| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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