2010年07月14日

36.佐倉道 行徳ルート(原木〜海神+稲荷木)

前回の続き。

妙行寺を過ぎると直ぐに真間川。真間川を渡り暫く行くと京葉道路原木IC、それも過ぎると県道180号線との二股、右が県道179号線=佐倉道である。右に入ると直ぐに信号のある交差点。昔はここは交差点ではなくT字路、つまり二股だった。これがここの地名二俣の由来である。因みに、この道を行くと葛飾神社(熊野神社)と勝間田池のところに出る。

この二股に、庚申塔道標、馬頭観音石碑がある。

写真1:庚申塔道標

二俣庚申塔道標.JPG

右側面に、左舟ばしみちと彫られている。

写真2:馬頭観音石碑

二俣馬頭観音.JPG

左側面に、行徳藍問屋松丸善吉、二俣製塩業石井吉蔵と彫られている。この辺りも塩田だったか。古地図を見てみよう。

写真3:馬頭観音石碑 左側面

二俣馬頭観音 (2).JPG

二俣.JPG

やはりあった。因みに、二俣馬頭観音、二俣庚申塔道標の史跡ポイントの上に道が延びているが、それが先程の旧道。佐倉道に接続していて、接続地点に勝間田池があるのが見える。

それにしても、塩田の先は海だから、今の地図に海岸線を記してみるとこうなるが、相当埋め立てている。


より大きな地図で 成田道 行徳ルート を表示

直ぐ先に福泉寺がある。

写真4:福泉寺

福泉寺.JPG

行徳の地名の起りとなった修験者、行徳さまの草庵のあった行徳山金剛院から、亨保年間(1716〜1736年)に廃寺となったことで、この福泉寺に聖観音像を移した。

福泉時の道を進むと、池があり龍神宮がある。

写真5:龍神宮

龍神宮.JPG

インターネットで調べるも何も情報無し。

再び二股に戻り、勝間田池への道を進むと日枝神社と稲荷神社がある。

写真6:日枝神社

二俣日枝神社.JPG

写真7:稲荷神社

二俣稲荷神社.JPG

共に、情報無し。

再び二股に戻り、佐倉道を行く。京葉線を越え、総武線の少し手前、マンション前の敷地の端に、ひっそりと馬頭観音石碑がある。この道が佐倉道であることを物語っているかのよう。

写真8:海神馬頭観音

海神馬頭観音.JPG

直ぐに道は総武線脇の道に出る。右に折れ、暫くは線路沿いに行く。海神町西、海神町東、海神町に入った二股を左に折れる。総武線の高架をくぐると、市川からの佐倉道と合流する。合流地点に、念仏堂がある。

写真9:念仏堂

海神念仏堂.JPG

開基は不明も、墓地に慶安4年(1651年)の墓もあることから、創建はかなり古いと言われている。元禄年間には、神田の高麗屋佐次右衛門が観音堂を寄進し、芝増上寺の祐天上人の強化によって浄土宗で院の体をなしたものと云われている。しかしその後は、単に信者が集まって念仏を唱える場所になり、現在に至っている。堂内に安置されている阿弥陀如来立像は平安時代の作。

写真10:観音堂

海神観音堂.JPG

元禄14年(1701年)に、神田の高麗屋佐次右衛門が建立寄進した。この高麗屋佐次右衛門、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に加藤清正に連れてこられた人物の子孫とのこと。

又、境内には、元禄7年と彫られた成田道道標がある。右市川、左行徳と彫られている。

写真11:念仏堂 成田道道標 正面

海神念仏堂成田道道標 (3).JPG

写真12:念仏堂 成田道道標 右側面

海神念仏堂成田道道標 (4).JPG

写真13:念仏堂 成田道道標 左側面

海神念仏堂成田道道標.JPG

写真14:念仏堂 成田道道標 裏面

海神念仏堂成田道道標 (2).JPG

これでひとまず佐倉道の行徳ルートは終了。帰りは佐倉道を市川方面へ。鬼越から田尻に抜ける旧道で戻り、稲荷木に寄った。

写真15:稲荷木稲荷神社

稲荷木稲荷神社.JPG

天正元年(1573年)創建

写真14:雙輪寺

雙輪寺.JPG

龍頭山龍厳寺と稲荷山福王寺が、江戸川放水路開削の為、合祀した。龍頭山龍厳寺は宝徳元年(1449年)養誉法印の開基、稲荷山福王寺は永享3年(1431年)康信僧都の開基で行徳一の古刹。

以上
posted by Yogi at 23:55| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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