2010年04月18日

11.元佐倉道(五分一〜小岩)の地図


より大きな地図で 元佐倉道(小岩〜両国橋) を表示

「佐倉道(新宿〜小岩)の地図」の回で紹介したように、江戸から成田に向かうルートは幾つかあり、この元佐倉道ルートはその一つ。

日本橋から両国橋を渡り竪川北岸沿いに東に向かい、逆井の渡しで中川を渡り、この元佐倉道で小岩に向かい、小岩市川の渡しで市川に渡るルートだ。

東小松川中道の河原道道標から東に向かう道は河原道。

菅原橋から松本天祖神社に向かう道も旧道だ。

明治初期の地図に重ねるとこうなる。

WS000008.JPG

以上
ラベル:元佐倉道 河原道
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10.元佐倉道(南小岩〜北小岩)

前回の続き。

二枚橋から元佐倉道を小岩に向かい、東小岩四丁目交差点を過ぎると、大鷲神社がある。

写真1: 大鷲神社

IMG_0240.JPG

こじんまりとした神社。
大鷲神社は、ヤマトタケルの白鳥伝説にまつわる神社。
東征の帰り、能煩野(三重県亀山市)に到ったヤマトタケルはついに「倭は国のまほろば…」以下の4首の国偲び歌を詠って亡くなった。ヤマトタケルの死の知らせを聞いて、大和から訪れたのは后や御子たちであった。彼らは陵墓を築いてその周りで這い回り、歌を詠った。するとヤマトタケルは八尋白智鳥となって飛んでいったという。后たちは尚3首の歌を詠いながら、その後を追った。これらの歌は「大御葬歌」(天皇の葬儀に歌われる歌)となった。

一里塚を過ぎ、江戸川の交差点を過ぎて、佐倉道との交差点にあるのが、御番所町の慈恩寺道道標だ。

写真2: 御番所町の慈恩寺道道標

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正面: 右せんじゅ岩附志おんじ道、左リ江戸本所道
右面: 左リいち川道
左面: 右いち川道

安永4年(1775年)建立

「佐倉道(新宿〜小岩)の回で紹介できなかったものを幾つかここで紹介する。

御番所町の慈恩寺道道標から更に北上すると、旧伊予田村鎮守、北野神社がある。

写真3: 北野神社

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北野神社を過ぎ、京成江戸川の駅も過ぎたところのお寿司屋さんに又、道標がある。

写真4: 伊与田の観世音道道標

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正面: 是よりあさくさくわん世於ん道
右面: 右舟ばし迄三り
左面: にいしく道いわつきぢ於んし迄七り

安永4年(1775年)建立

写真5: 正真寺

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開山は暁覚法印(慶長6年: 1601年)で、永禄・天文の国府台合戦に加わった里見方の武士であったが、後、世の平安を祈願して剃髪して僧侶となり、阿弥陀如来の木像を刻んで、その戦場の跡に堂をたてたのがこの寺の始まりだといわれている。境内には、享保8年(1723年)に建立された青面金剛の刻像庚申塔がある。像の脇に「これより左ばんどうみち」と刻まれている。坂東道ならば観音霊場の道、つまり岩槻道か浅草道をさしていると考えらる。

写真6: 刻像庚申塔

SANY0033.JPG

以上
posted by Yogi at 11:29| Comment(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

9.元佐倉道(五分一〜南小岩)

今回は元佐倉道。

まずは、五分一橋の袂にある光福寺。

写真1: 光福寺

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天分元年(1532年)創建の通称「五分一不動尊」、境内には樹齢300年以上とされる大イチョウがあることから「いちょう寺」とも呼ばれている。

八蔵橋の袂に東小松川香取神社がある。

写真2: 東小松川香取神社

IMG_0191.JPG

建治3年(1277年)の勧請で東小松川村鎮守。

八蔵橋を左折し小松川沿いに上がると左手に新小岩香取神社がある。

写真3: 新小岩香取神社

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新小岩香取神社は旧西小松川村の鎮守。昔この辺一帯が芦原で船が自由に往来できた頃、その中に浮かぶ道ヶ島という小高い島に、下総の香取大神宮より経津主命の分霊を祀ったのが、香取神社勧請の由緒といわれる。当時国府台間々の入江から、武蔵国上野の台地に向かう船は、この神社の森を船路の目安としたので、間々井宮と称されている。この社は元和5年(1619年)の棟札を所蔵する古社で、亀井和泉守源永好以来代々亀井家が神宮をつとめ、葛西領開拓神秘歌とその舞いを伝えている。現在の本殿は総欅造りで、氏子大工牧野八郎次が十年の歳月を費やし、天保4年(1833年)に竣工した。境内には松尾芭蕉の「秋に添うて行かばや末は小松川」の句を刻んだ碑が建っている。

香取神社の本社は、御存知香取神宮。天祖神社が伊勢神宮への御厨なら、香取神社は香取神宮への御厨だ。

総合文化センターを過ぎて直ぐ、ミニストップの角に河原道の道標がある。

写真4: 東小松川中道の庚申塔河原道道標

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道標に従い、河原道を行く。中川の手前で、又、河原道の道標があった。

写真5: 東小松川田子沼の庚申唐河原道道標

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河原道とは、市川の河原地区に向かう道である。河原は、行徳街道が江戸川放水路にぶつかる手前の地区。この地区から、八幡宿か妙典を経て成田道に向かうことができる。恐らく、この地域の村人たちが成田山に向かうショートカットコースだったのではないか。

新中川沿いに北上し、鹿本橋を左折、寿昌院に向かう。

写真6: 寿昌院

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ここ寿昌院は、貞享元年(1684年)に寿昌院桂月元皎禅尼が開基した、通称「松本弁天」。本堂前庭の半円形にめぐらされた「洗心池」のほとりにある「臥竜の松」は樹齢270年の名木。

そのまま菅原橋に行き、旧道を進み松本天祖神社に向かう。

写真7: 松本天祖神社

IMG_0238.JPG

直ぐ近くの光蔵寺による。

写真8: 光蔵寺

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松本橋で新中川を渡り、東井掘を左折、二枚橋で元佐倉道に復帰。

今回はここまで。


posted by Yogi at 20:12| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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